東京シティオペラ協会

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KEI音楽学院

うんちく大家、大いに語る

Il Trovatore

うんちく大家《 トロヴァトーレ 》を語る

「おい八つぁん、またオペラを見てきたそうじゃないか。爺さんも一緒だったんだってな、熊さんがえらく興奮していたよ」
「そうなんだよ。リゴレットで病み付きになっちゃってさ、こんどはトロヴァトーレよ」
「そりゃあ結構なことだ。それじゃあ感想を聞かせてくれないかね」
「なんたって、ズンチャチャ、ズッチャ、ズッチャだな。胸がわくわくしたぜ」
「何だね、それは。ひとつあらすじでも教えちゃくれないかね」
「それがよう、初めて聴いたとは思えないくらいに、音楽は生々しく耳に残ってんだけど、はて筋立てはどうだったか思い出せねえんだよな」

どうして筋が難解なのか?

「アハハハ、大体トロヴァトーレは筋が難解なことで有名なのさ。これは原作があまりに込み入っているので台本化が難しいことにもよるだろうね。原作者はスペインの劇作家グティエレス。エル・トルヴァトーレ(イタリア語読みではイル・トロヴァトーレ)は彼の処女作なんだ。作者24歳の時さ」
「でどんな内容だったんだい」
「15世紀初頭のアラゴン王国の王位継承争いの史実が元だ。そこに吟遊詩人が出てくるが、実は吟遊詩人(これがトロヴァトーレである)が活躍したのは13世紀頃までなのでこれには矛盾がある。それからジプシー女が重要な役で出てくるが、15世紀初頭のスペインにはジプシーはいない。そして物語りの発端が16世紀の魔女火あぶりを彷彿とさせるシーンにあるというのだから、奇想天外な物語になるに決まっているわな」
「ヘエー、しかしヴェルディは何だってこれをオペラにしようとしたんだい」
「そこなのさ、こんなおどろおどろしい設定や、迷信がふんだんに現れる奇怪さにひかれたんだろうね。それこそ想定外の物語にしびれたという訳さ。わけてもジプシー女にいたくご執心で是非オペラにしたいと考えたのさ」
「しかし大家さんも人が悪いねえ、やけに詳しいじゃないか、それなのにあらすじを教えろなんて。降参降参、全部教えて下さいよ」

円熟期のヴェルディだからこその傑作

「それじゃ喜んでうんちくを傾けることにするか。大体ヴェルディという人は同年生まれのワーグナーと違って、伝統は伝統で尊重し、そこから自身の物を発展させていった人なんだ。一方ワーグナーは伝統なんてクソくらえ、オレこそが一番だという人で、全てが自分の思いどおりにならないと気がすまない、しまいには自分の作品用だけの劇場mで作っちゃたんだから、こりゃあ半端じゃなかったのさ。そこへいくとヴェルディは劇場、聴衆、興業主、歌い手その他もろもろの条件を、粘り強く意に沿うように持って行きながらオペラを作った。色んな意向を汲んで、しかも傑作を排出したのだからこえrこそ凄いの一言だ。しかし、前作のリゴレット辺りから、題材は受け身ではなく、自らが望むものにしようとしだした。芸術家の本能だね。奇怪なトロヴァトーレの物語に円熟期のヴェルディの食指が動いたんだよ」
「なるほど、それで台本は誰に書かせたんだい」
「八つぁんも高級な質問をするようになったねえ。オペラにとって台本はそりゃあ大事なんだ。ヴェルディはこれをkンマラーノに依頼した。随分カンマラーノとの間のやり取りがあって台本がつくられていった。その結果オペラは伝統的な形式つまり歌中心になっていったのさ。リゴレットで新境地を開いたヴェルディだったが、このトロヴァトーレは古い型にはめてこそ生きる題材だと思ったんだろうね。カンマラーノの台詞立てや詩は、それは美しかった。ヴェルディはどんどん楽想が湧いて来たびだと思うよ。残念ながらカンマラーノは途中で死去してしまうのだが、その弟子に以来して台本は完成した」

[ 声また声、歌また歌 ] 伝統形式によるイタリアオペラの頂点

「1852年末にオペラは書き上がり、1853年1月19日ローマのアポロ座で初演されr、大成功だった。アポロ座には良いメゾソプラノがいてジプシー女を好演したのさ。ヴェルディはそれが狙いで初演をアポロ座にしたふしがあるね。トロヴァトーレは各地で公演回数を重ね、大喝采を受けた。何と言っても音楽に生彩がある、ふんだんに名旋律が奏でられる、加えて奇怪な物語だ。多少の筋の難解さなど物の数ではなかったのだろうね。結果的にトロヴァトーレは伝統形式によるイタリアオペラの集大成のような形になった。これ以後いわゆるベルカントオペラは姿を消したんだ」
「よく分かったよ、でも肝心の筋がオイラには理解できないんだ、教えてくれよ」
「はいはい、よくあたしのうんちくに耳を傾けてくれたね。それじゃあ物語をしてやろう。あのね、オペラの部分だけでは筋は簡単には理解できないのさ。だから原作の部分も交えて話してやるよ」

分かりやすいあらすじはこうだ
《 第一幕一場 》

「アラゴン王国は王位継承争いの真っ只中だった。有力な貴族ルーナ伯爵はフェエルディナンドを擁立。ウルヘル伯爵側と激しく対立していた。話は遡って20年ほど前、ルーナ伯爵の弟がさらわれ、火刑台から焼け焦げた赤ん坊の死体が見つかった事件があった。先代伯爵は、弟に呪いをかけたジプシー老婆を火あぶりの刑に処したことがあった。これは全くの思い込みだと思われていた。しかし先代伯爵は、弟がまだ生きていると信じ、捜すようにと遺言し、ルーナ伯爵はずっと弟を捜していた。この辺の経緯はオペラ冒頭でフェルランドが歌って説明する。ほらオペラの場面が浮かんできただろう」
「ああこれが最初の場面だったんだね。思い出した思い出した」

《 第一幕二場 》

「さて話を進めよう。その弟はマンリーコと名付けられ、ジプシー女アズチェーナのもとで成長していた。即興詩を歌うトロヴァトーレであり、ウルヘル伯爵軍の隊長でもあった。そのマンリーコとアラゴン大公妃付きの女官レオノーラは相思相愛だった。これはレオノーラが歌うアリアを聴けばよく分かる。一方ルーナ伯爵もレオノーラに熱い想いを寄せていた。ある晩ルーナがレオノーラのもとへ押しかけようとした時、マンリーコと鉢合わせし、互いに兄弟とは知る由もなく決闘となった。決闘はマンリーコが優勢だったが、マンリーコの耳に殺してならぬと神の声が聞こえ、決着がつかなかった」
「エッ、そんな神の声なんて分からなかった。なんだいそれは?」
「そりゃそうだ、これは後の場面でマンリーコが告白してわかることなんだ。でも筋としては頭に入れておいた方が理解し易い。オペラの場面には無いんだが、その後ペリッラで戦いがあって、この時はルーナ側が勝利し、マンリーコも死亡したとの噂が流れていた」

《 第二幕一場 》

「マンリーコはビスカヤのジプシーの集団の中にいた。そしてアズチェーナが歌う恐ろしい歌を聴いた。歌の中で火あぶりにされるジプシーの老婆は実は祖母だと聞かされ、また老婆の娘であったアズチェーナが、復習のために伯爵の子供をさらって火の中に投げ込もうとしたが、誤って自分の子供を投げ込んでしまったと口走ったのを聞いた。自分が誰なのか疑念を抱くマンリーコだったがアズチェーナは必死に取り繕い、逆に決闘の時にどうしてルーナを殺さなかったのかと責めた。マンリーコは不思議な神の声のことを話した。そこへ伝令が来た。書状にはマンリーコをカステルロール城の守将とすること、レオノーラが、マンリー子の死亡の噂に絶望し、修道院に入ることが書かれていた。マンリーコは急ぎ山を下りた」
「ああこれが二幕の最初の場面か、何か恐ろしい雰囲気だったよ」
「何と言ってもアズチェーナの母親の情と復讐心の葛藤が聞き所だったろ?」

《 第二幕二場 》

「一方ルーナはレオノーラが修道院に入る前に拉致してしまおうと待ち伏せする。レオノーラが修道院に入る寸前ルーナは飛び出すが、そこに手勢を率いたマンリーコも駆けつけてきた。驚き喜ぶレオノーラ、憤怒の形相凄まじいルーナ、昂然とむねを張るマンリーコ。マンリーコはレオノーラを連れてカステルロール城へ言ってしまう」
「しかしオペラはみんな歌で表現するからこうやって前以って知っていた方が分かり易いねえ」

《 第三幕一場 》

「三幕に行こう。ルーナは悔しくてたまらない。明日はカステルロール城を攻めるという時、兵士が怪しいジプシー女を捕らえてきた。詰問しているうちに弟をさらったジプシー女に違いないと確信したルーナは、アズチェーナがマンリーコの母親だと知って小躍りし、マンリーコをおびき寄せようと火刑台を立てさせる」
「この場面も音楽の切れが良くて引き付けられたな。なるほどこういうことだったのか」

《 第三幕二場 》

「カステルロール城ではマンリーコとレオノーラの婚礼が行われようとしていた。そこへアズチェーナが火あぶりにされるとの報だ。マンリーコは八つぁんお気に入りのズンチャチャ、ズッチャ、ズッチャの突撃の歌を歌って母親の救出に向かうんだ」
「おお格好良かったねえ。また聴きたいよ」
「しかしルーナの軍が待ち構えていてマンリーコは捕らえられ、アズチェーナと共に処刑を待つ身となってしまう。ここのところがオペラでは省略されているから、四幕でいきなり牢獄が出てくるんで戸惑う人もいるんだ」

《 第四幕一場 》

「まあ先を急ごう。レオノーラは彼を救うため、犠牲になる決心をして、実に清らかなアリアを歌う。僧侶の合唱とレオノーラは彼を救うため、犠牲になる決心をして、実に清らかなアリアを歌う。僧侶の合唱とレオノーラの歌、そして牢獄から聞こえるマンリーコの歌、ここはあらゆるオペラの中でも白眉の場面だと思うよ。レオノーラはルーナ伯爵に身を投げ出してマンリーコを救ってくれと頼む。拒絶していたルーナもレオノーラが自分のものになるのならと救出を約束する。しかし、レオノーラは毒を飲んでマンリーコへの愛を貫こうとするんだ」

《 第四幕二場 》

「いよいよ最終の場面だ、牢獄の中で錯乱するアズチェーナをマンリーコが宥めていた。そこにレオノーラが現れ、マンリーコに助かることを告げる。マンリーコは、さてはルーナに身を売ったなとレオノーラを責めるが、やがて毒が回り、レオノーラは事切れる。それを見たルーナは怒り狂ってマンリーコの処刑を命じる。アズチェーナは、あれはお前の弟だとルーナに言い放ち、茫然とするルーナを尻目に“母さん仇は討ちましたよ”と絶叫して幕となるんだ。実に恐ろしい親子二代にわたる復讐物語なのさ」
「うーん、なるほど奇怪な話だねえ。でも筋が分かると、ヴェルディの切れの良いリズミックな音楽が、熱い血潮のたぎりなんだとよく理解できるねえ」
「おや、八つぁんはもう立派なオペラ通だねえ。熊さんにも講釈してやりなさいよ」

(文責:萩野昌良)