東京シティオペラ協会

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KEI音楽学院

うんちく大家、大いに語る

Cavalleria Rusticana & I Pagliacci

八っつぁん、熊さん、大いに痺れる  「ヴェリズモオペラは劇薬だ!」

「おい、八っつぁん、熊さん、お前さんたちゃ、今度《カヴァレリア・ルスティカーナ》
と《イ・パリアッチ=道化師》を観に行くんだってな」
「アリャリャ、どこでバレたんだろう?大家に知られちまったよ。熊さん、おめえどこかで喋ったな」 「そんなことないよ。大家のやろう、オペラ狂いなものだから異常に鼻が利くんだろうよ。
しかし、バレちまったんじゃ仕方がねえ。観念してひとつ講釈を聴くことにするか」

ヴェリズモオペラって何?

「おうおう二人揃って私の講釈が聴きたいのかい?いや感心感心。それじゃ早速ためになる話をしてやろうかね」
「そいじゃ、こっちから先ず質問だ。よくプリズムとかベロズムオペラとかいうけど、ありゃなんだい?舌噛みそうでよう、てんで分からねえんだ。」
「アハハハ、そりゃヴェリズモオペラっていうのさ。ヴェリズモとは平たく言えばリアリズムさ。分かるかい?」
「オッ、リアリズムなら知ってるぞ。なら最初からそう言えばいいのに」
「まあまあ、リアリズムをイタリア語にしたらヴェリズモなんだからさ、落ち着きなさいよ。
その頃イタリアオペラは、偉大なヴェルディによって極限まで発展させられていたが、その先が見えない。まあ行き詰まっていたんだね。そこで、ヴェルディ以後の作曲家たちが、折りからのフランス自然主義文学に想を得て、庶民の日常(事件)をリアルに描いたオペラを創ろうとしたのが、ヴェリズモオペラなんだ」
「フーン。しかしイタリアオペラが行き詰まっていたってのはどういうことなんだい?」
「オペラの題材は神話や王侯貴族の物語が殆どで、必然的に時代物。従って形式にも一定の約束事が合って、一般庶民の現実からは掛け離れていた面もあったのさ。日本のドラマや映画だって、時代物と現代物では台詞まわしや所作一つとっても違うだろ?時代劇の表現形態が極限まで発展、言い換えれば限界が見えてきたということさ」
「なんだか分かったような、分からないような、だねえ」
「まあお聴きよ。一般聴衆にとっては、自分たちの娯楽であったはずのオペラが、何だか高尚になってしまったようにかんじていたのさ。そこへ当時のゴッシプやらスキャンダルをネタにしたオペラが登場したんだから、こりゃあ受けたんだねえ」
「まあ、今も昔も人はゴッシプ好きだわね。今だってテレビじゃ、様々な事件を取り上げては、あんまり上品とはいえない、レポーターやコメンテーターが好き勝手なことを喋ってるもんね。オレは上品だからあれはあんまり好きじゃないけどね」

出版社の懸賞コンクールが名作を産んだ

「何言ってるんだね。噂話が大好きなのは誰なんだい?こうして社会がヴェリズモオペラを産む土壌となっていたんだが、直接的には、ソンツョーニョという楽譜出版社が一幕物の懸賞オペラを募集したことによって、ヴェリズモオペラが出現したんだ。その第一号にして、最高峰となったのが、マスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》なんだね。《道化師》も、マスカーニの成功に刺激を受けたレオンカヴァッロがソンツョーニョ社に持ち込んで日の目を見たのさ。2作とも庶民の生活感が溢れていて、しかも不倫や三角関係がもとで起こる殺人事件を扱っている。刺激的この上ないんだ」

ヴェリズモオペラがもたらした変革

「成る程、題材が身近なことはよく分かったよ。で、音楽的にはどう変わったんだい?」
「おお!熊さんもいい質問をするようになったねえ。いくら刺激的な事件だって、年を経れば色あせるには当然。いくら猟奇的な事件でもテレビで何年も放送したらみんなソッポを向くわね。しかし、ヴェリズモオペラは100年を越えて繰り返し公演されている。これが音楽の力なんだよ。ヴェリズモオペラは作曲・歌唱・演出面で革命をもたらした。そしてこれらがバランスよく機能しなければならない難しさを持っているのさ」
「なんだかカタイ話になってきたねえ」
「まあここが肝心なんだから辛抱おしよ。作曲の上では、音楽にどれだけ演劇性を取り入れ、様式美をどれだけ捨て去ることができるかが課題だった。必然的に激しい叩きつけるような音楽が多用される。しかし音楽であるからには様式美も感じさせなくてはならない。ここが腕の見せ所なんだね。歌手は装飾的歌唱から脱し、言葉とアクセントの激しさを求める歌唱への転換、発声的にも強い胸声、より人間臭い声を出すことが必須となった。演出面も当然、より直接的なものとなったんだ」
「演劇的な面が強くなったんだね。でもあくまでオペラなんだろう?」

良い演奏こそがヴェリズモオペラの命

「そこで演奏が鍵となるのさ。下手な演奏だと、なんだこりゃ、芝居を見に行ったほうがよかった、と言われちまうわね。その点、《カヴァレリア・ルスティカーナ》も《道化師》も初演に素晴らしい演奏者に恵まれた。その熱気と興奮が更に膨らんで今に続いていると言えるんだよ」
「いってえ、誰なんでえ?その初演の歌手は?」
「《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、トゥリッドゥ役が当時有名なオテロ歌いで大歌手の誉れ高かったテノールのロベルト・スターニョ。そしてその奥さんであるジェンマ・ベッリンチオーニが演じたサントゥッツァは迫真の演技が伝説となっているほどなんだ。また《道化師》は、これも《オテロ》のイヤーゴ役で一世を風靡していた、バリトンのヴィクトル・モレルがトニオ役を買って出たのが第一の幸運。しかもモレルが、自分が目立つようにと、最初は書かれていなかったプロローグのアリアを急遽書かせたことで、作品の骨格が更にしっかりした。これこそ作曲者と演奏者の麗しい連携だねえ。おまけに指揮者は何と若きトスカニーニ。これじゃあ、成功は疑いなしだったのさ」
「へえ、凄いねえ。でも歌手が口出しして曲を追加したなんて面白いねえ」
「そこが音楽が生きているという所以さ。《道化師》では幕切れの、芝居は終わった、の台詞も初演時にはトニオ、つまりバリトンのモレルが語ったんだが、カニオ役をあのカルーソーが演じた時には、カルーソーの要求によってカニオが語ったんだよ。この幕切れの台詞の語り手は、トニオでもカニオでも意味があって面白いし、今でも公演によってちがうんだ。まあ、これもヴェリズモオペラが生きているという証しなんだろうねえ」
「そいじゃ、今度の公演の歌手はどうなんでえ?知ってるかい?」
「どれどれチラシを見せておくれ。おお!これは凄いメンバーだね。田口興輔は超がつく一流テノールだ。私も以前《ボエーム》のロドルフォを聴いてビックラこいたことがあるよ。彼が監督なら皆優秀だろうねえ」
「それによ、川村敬一も出るよ。あの人間離れした声を聴くと興奮するんだよねえ」
「おお!丸山恵美子も島村武男も出るのか。この二人は川村の芸大同期で、川村に輪をかけたような超人だ。こりゃあ、他のメンバーも凄いに違いないぞ。ウーム血がさわぐなあ。私も行きたいなあ。よしっ、行くことにしよう。八っつぁん、熊さん、供をしな」
「ヘーイ」

(文責  萩野昌良)