東京シティオペラ協会

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コラム・対談

“恍惚”なんて言葉 小宮 順子

東京芸術大学声楽科卒業、同大学院修了。
イタリアに留学。日仏声楽コンクールをはじめ、各地の国際コンクールで入賞。多数のオペラ・コンサートに出演。東京シティオペラ協会公演では、『リゴレット』『イル・トロヴァトーレ』『ランメルモールのルチア』『こうもり』に主演し。また『人間の声』では壮絶な人間模様を独演。埼玉オペラ協会、日本フォーレ協会、コンセール・Cに所属。都立芸術高校、KEI音楽学院講師。

“恍惚”なんて言葉はそのうち死語になってしまうのでしょうか…?

音楽から得られる恍惚感こそ愛情の現れだと思います。大袈裟な言い方を変えれば、音の美しさや旋律の優雅さにうっとりするのも、愛情表現のひとつ…人間だからこそ感じられる優しさや悲しみに違いないでしょう。 フォーレは、ウ゛ェルレーヌの詩の恍惚感を、上向音型を使い天にも昇る高揚として表しました。ドビュッシーは反対に、身体の奥深くまで感じ入るような下降音型を用いました。そしてその恍惚感は、どちらも私たちの中にピアニッシモで浸透してきます。

ボローニャ歌劇場でフレーニの『アドリアーナ・ルクブルール』を聴いた折りのこと。終幕のアリア“哀れな花”が終わった時、劇場のすべての聴衆が息をのんだまま、静かな恍惚の瞬間を共有していました。誰もその余韻を壊したくなかった。そして一人の男性が感動の吐息を洩らしたのです。その途端、私たちは目覚めたようにBravaの叫びと拍手を爆発させました。 ローマの歌劇場では、風を観ました。やはり『アドリアーナ』の終幕の前奏曲。静かに揺れるオーケストラの旋律に舞台上の大きなカーテンが揺れ始めました。閉ざされた空間に風が吹いているのです。悲しいオペラの結末を風が運んで来たかのようでした。

そんな極上の、恍惚とした感動を発信できる自信はありませんが、少なくともそのチャンスを何度となく与えられている我が身の幸運を、感謝を込めて実感しています。